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千葉地方裁判所 昭和33年(ワ)181号 判決 1960年1月30日

東京都太田区大森五丁目二百十番地

原告

日本スレート工業株式会社

右代表者代表取締役

吉田善秋

右訴訟代理人弁護士

山口与八郎

滋賀県八日市市浜野町百十五番地

被告

滋賀県たばこ耕作組合連合会

右代表者代表清算人

池内玄蔵

右訴訟代理人弁護士

秋山秀男

右当事者間の昭和三十三年(ワ)第百八十一号約束手形金請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、金七十万円及び之に対する昭和三十三年七月二十日からその支払済に至るまでの年六分の割合による金員を支払はなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は、被告が、昭和三十三年三月十日、訴外服部進を受取人として、振出した額面金七十万円、支払期日昭和三十三年六月二十日、支払地、振出地共に滋賀県八日市市、支払場所株式会社滋賀銀行八日市支店なる約束手形一通(以下、本件手形と云ふ)を、昭和三十三年三月十七日、(訴状に十九日とあるは十七日の誤記と認める)右訴外人から裏書譲渡を受け、同月十九日、(訴状に二十九日とあるは十九日の誤記と認める)之を訴外第一スレート工業株式会社に裏書譲渡したところ、同会社は、訴外株式会社富士銀行に、隠れたる取立委任裏書を為して、その取立の為めの裏書譲渡を為し、更に、同銀行は、訴外株式会社滋賀銀行に取立委任裏書を為して、その取立の為めの裏書譲渡を為し、同銀行は、その支払期日に、その支払場所に於て、支払の為めの呈示を為したのであるが、その支払を拒絶された為め、右手形は、右訴外富士銀行を通じて、右訴外第一スレート工業株式会社に返還され、原告は、同訴外会社から、償還請求を受けたので、昭和三十三年六月二十五日、金七十万円を同訴外会社に支払つて、その受戻を為し、現に、その所持人たるものであるが、被告は、未だ、その支払を為さないで居るので、被告に対し、右手形金七十万円及び之に対する支払の為めの呈示が為された日の後である昭和三十三年七月二十日からその支払済に至るまでの手形法所定年六分の割合による利息金の支払を命ずる判決を求める次第である。」と述べ、被告主張の各事実を否認し、被告の為した答弁の附加補充に対し、被告の為した答弁の附加補充は、従前の答弁と異なり、而も、之と抵触するものであるから、右附加補充については、異議があると述べて、右附加補充に対し、異議の申立を為した上、附加補充された被告の主張に対し、「被告が、法人格のない社団であること、並に本件手形振出後に於て、解散したことは、之を認めるが、清算団体として、依然、その存在を保有して居るものであるから、当事者能力を有する。次に、本件手形が、被告主張の様な白地手形として振出されたものであること、並に補充権のない訴外服部進が、勝手に、その補充を為したことは、之を否認する。本件手形は、元々、完成した手形として振出されたものであつて、仮に、それが、被告主張の様な白地手形として振出されたものであるとしても、訴外服部進は、その補充権を有し、之に基いて、正当に、その補充を為したものであるから、右手形は、何等の瑕疵もない手形である。尚、原告は、販売した商品の対価として、右訴外服部進から、右手形の裏書譲渡を受けたものであり、又、その受戻に際し、その代価を支払つたことは、前記の通りである。」と答へ、

証拠として(中略)

被告は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、当初は、「被告が、訴外服部進に対し、原告主張の手形を振出したことは、之を否認する。右手形は、被告に於て、受取人欄を白地のまま、不完全手形として、之を振出し、訴外小宮某に交付したものであるが、同訴外人に於て、その白地の補充を為したか否か不明であるから、結局、被告としては、完全手形として、右手形を振出したことは、之を否認するものである。その余の事実は、不知。仮に、右手形が、被告に於て、之を振出しもたのであるとしても、原告は、何等の対価をも支払はないで、之を取得したものであるから、被告は、原告に対し、その支払を為すべき義務はない。仮に、右主張が理由がないとするならば、右手形は、受取人欄を白地のままで、之を訴外原田光雄に交付し置いたものであるところ、訴外小宮某に於て、右訴外原田光雄を欺罔し、同訴外人から之を騙取したものであつて、原告は、この事情を知つて、之を取得した悪意の取得者であるから、被告は、原告に対し、その支払を、為すべき義務はない。」と述べたのであるが、後に至つて、(昭和三十四年五月二十日午前十時の第六回口頭弁論期日に於て)更に、「被告は、法人格のない社団であつたものであるが、その後、解散して、現在は、存在しないものであるから、当事者能力を有しないものである。従つて、之を被告として提起された本件訴は、不適法な訴である。次に、被告は、被告に於て、本件手形を振出したことは、之を否認するものであるが、仮に、それが、被告名義を以て、振出されて居るとしても、それは、偽造の手形であつて、即ち、被告は、本件手形を、受取人欄を白地のままで(但し、受取人欄のみ白地)、訴外小宮某に交付したことがあるのであるが、同人に、その白地補充権を与へたことのないものであるところ、同人から之を取得した訴外服部進は、その補充権がないに拘らず、勝手に、之を補充して、完全な手形となした上、之を原告に裏書譲渡したものであるから、右手形は、偽造の手形であり、而も、原告は、この事実を知つて、それを取得した悪意の取得者であるから、被告は、原告に対し、その支払を為すべき義務はない。尚、原告が、既に、本件手形の所持人であることは、之を認める。」と陳述して、従前の答弁に附加補充を為し、

証拠として、(中略)

当裁判所は、

職権で、被告代表者の尋問を為した。

理由

原告は、被告の為した答弁の附加補充に対し、異議の申立を為したのであるが、被告は、当初から、本件手形振出の事実を否認して居るものであつて、右附加補充には、自白の撤回と認め得る様なものは、存在せず、唯、攻撃的主張の附加と、従前の主張の訂正補充と認め得るものが存在するに過ぎず、而も、右攻撃的主張の附加は、未だ以て、時期に遅れたものとは認め難いので、原告の為した右異議の申立は理由がないから、之を却下する。

而して、従前の答弁と附加補充された答弁との関係を観ると、その間に、若干の未整理の部分があると認められるので、右附加補充されたところによつて、それ等を整理すると、被告の答弁は、

第一、本案前の答弁。

被告主張の理由によつて、被告には、当事者能力がない。

第二、本案の答弁。

一、原告が本件手形の所持人であることは、之を認める。

二、裏書譲渡並に受戻に関する事実、及び支払の為めの呈示に関する事実は、全部、不知。

三、振出の事実は、之を否認する。

本件手形は、受取人欄を白地のままで、(但し、白地は、受取人欄のみ)、提出した未完成の手形であつたものであつて、被告は、之を完成した手形として振出したことはない。

四、仮に、完成した手形として原告がその裏書譲渡を受けたものであるとしても、右未完成の手形のままで、被告が、訴外原田光雄に預け置いたものを、訴外小宮某が、右訴外原田光雄を欺罔して、之を騙取し、その後、原告に於て、この事実を知つて、之を取得したものであるから、原告は、その善意の取得者であり、従つて、被告には、その支払を為すべき義務はない。

五、仮に、右訴外小宮某が、それを騙取したものでないとしても、その後、之を取得した訴外服部進に於て、補充権がないに拘らず、勝手に、之を補充し、完成した手形となしたものであつて、原告は、この事実を知つて、それを取得したものであるから、その悪意の取得者であり、従つて、被告には、その支払を為すべき義務はない。

六、仮に、右の様な事実がないとしても、原告は、何等の対価をも支払ふことなくして、之を取得したものであるから、被告には、その支払を為すべき義務はない。

と云ふに帰着するものであると認める。

仍て、先づ、本案前の答弁に於ける被告の主張について接するに、法人格のない社団は、それに所属する各個の個人(以下、所属員と云ふ。)の集団に過ぎないものではあるが、その集団を為すについては、一定の目的があり、この目的によつて、統制されるが故に、一の集団として成立するものであり、又、その集団に帰属する財産は、終局的には、その所属員各自に帰属するものであるとは云へ、その所属員と共にその目的によつて統制され、之によつて、その財産は、一の集合的財産を形成し、総体的に、その集団に帰属すると云ふ関係を生ずるに至るものであるから、その財産の特質は、この目的によつて統制された集合的財産と云ふ点にあると考へ得るものであるが故に、その目的が消滅し、若くはその廃絶があるときは、その集団は、分解(目的の消滅による解散、若くは目的の廃絶による解散)し、之によつて、集団に帰属する財産は、その集合性を喪失し、従つて、之を所属員各自に分配帰属せしめなければならないと云ふ関係(清算)を生ずるに至るのであるが、逆に、その分配帰属を為さしめる関係の終結がない限り、その所属員各自は、その関係に対する権利義務によつて、(義務の放棄は許されない)、拘束され、依然として、一の集団を形成するに至るもの(その実質は、従前のそれと異なるものとはなるが)であるから(この故に、法人格のある社団に於ても、清算結了に至るまでは、その法人格が存続するものとされて居るのである)、解散したと云ふことだけでは、その社団は、消滅せず、又、右関係の終結があつても、なほ、残余関係(仮令、それが義務だけであつても)が存在して居る以上、その社団は消滅しない(この関係は、清算法人の場合に於ても同様である)。従つて、それに於て、代表者が定められて居る以上、当事者能力のあることは、論を俟たないところである。然るところ、本件被告が法人格のない社団であつて、既に、解散したものであることは(その解散の時期は、昭和三十三年九月三日であつて、この事実は、被告代表者の供述によつて、之を認める)、当事者間に争のないところであるが、その清算が未だ終結に至つて居ないこと及び被告代表者がその代表清算人として存在して居ることが、被告代表者の供述によつて認められるので、被告は、法人格のない社団として、なほ、存在し、且当事者能力を有するものであると断ぜざるを得ないものである。故に、被告の本案前の答弁に於ける主張は、理由がないから、之を排斥する。

次に、本案について、按ずるに、被告が、本件手形を、その受取人欄のみを白地として、振出したことは、被告の自認するところであつて、被告代表者の供述並に証人原田光雄の証言によると、被告は、右手形の割引方を、訴外原田光雄に依頼して、右未完成手形を同人に交付し、同時に、同人に対し、右白地の補充権を授与すると共に、その白地の補充を為す場合は、同人に於て、右手形の割引を為して呉れた者を以て、受取人として補充すべき旨の制限を附したことを認定することが出来、この認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、甲第一号証(本件手形)の存在並にその記載自体と右原田証人の証言と証人服部進の証言と原告代表者の供述とを綜合すると、右訴外原田光雄は、右白地の補充権を留保して、更に、訴外小宮光明に、右未完成手形の割引方を依頼して、之を同人に交付し、同人は、訴外服部進に依頼して、金五十万円で、その割引を受け(但し、小宮は、その割引によつて得た金員を右原田に交付しなかつたものである)、同人に、右手形を交付し、右訴外服部進は、右手形の白地補充に関する前記関係を知らなかつたので、その白地部分に、自己の商号を記載して、之を補充し、之を完成手形となした上、商品代金債務支払の為め、原告主張の日に、之を原告に裏書譲渡し、原告も亦右白地補充に関する関係を知らなかつたので、完成手形として、その裏書譲渡を受けたことを認定することが出来るのであつて、この認定を左右するに足りる証拠は全然なく、以上の認定事実によつて、之を観ると、被告は、受取人欄白地の未完成手形を振出し、その手形は、補充権限のない訴外服部進によつて、善意を以て、その白地部分を補充され、善意の原告に於て、その裏書譲渡を受けたものであることが明白であつて、斯る場合に於ては、その未完成手形の振出人は、その善意の取得者に対し、完成手形の振出人としての責任を負ふべきものであると解するのが相当であると認められるので、被告は、未完成手形の振出人ではあるが、その完成手形の振出人として、その責任を負ふべきものであるから、本件手形は、被告が、之を振出したものと認定する。

(尚、法人格のない社団の代表者の対外的行為は、その所属員全員の委任による代理行為であると解されるから、その代表資格を明示すれば、その社団の所属員全員の為めに、対外的行為を為すことが出来るものと解する(但し、その行為の効果は、その所属員全員に及ぶ)。従つて、被告の右振出行為は有効である。)

而して、原告が、前記認定の通り、適法に、本件手形の裏書譲渡を受けた後、右手形が、その主張の通り、順次、裏書譲渡され、次いで、その主張の通り適法な支払の為めの呈示が為され、その支払が拒絶され、その結果、それが、その主張の裏書人に返還され、原告が、その裏書人からその償還請求を受けて、之を受戻し、その所持人となつたことは、前顕甲第一号証の存在並にその記載自体と原告代表者の供述とを綜合して、之を認定することが出来、この認定を覆すに足りる証拠はなく、更に、原告が、現に、その所持人であることは、当事者間に争がなく、被告に於て、未だ、その支払を為して居ないことは、弁論の全趣旨によつて明白なところであるから、原告は、被告に対し、本件手形の権利者として(原告は、受戻によつて、従前の被裏書人としての地位を回復して居るものである)、その支払を求めることが出来る。

故に、被告に対し、右手形金七十万円及び之に対する支払期日の後である昭和三十三年七月二十日からその支払済に至るまでの手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める原告の本訴請求は、正当である。

被告は、前記本案の答弁第四項及び第五項の通り主張して居るのであるが、これ等の点に関する事実関係は、前記認定の通りであつて、この認定事実によると、被告の右各主張の理由のないことが明白であるから、被告の右各主張は、熟れも、之を排斥する。

尚、被告は、前記本案の答弁第六項の通り主張して居るのであるが、仮に、その主張の様な事実があつたとしても、それは、原告の本訴請求を排斥する理由とはなり得ないものであるから、その主張は、法的には無意味の主張であることに帰着する。

仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田中正一

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